現在私どもの研究室では、マウスを用いた情動や本能、広義の社会行動を制御する脳のメカニズムの研究を行っています。その際とくに、音声コミュニケーションの観察を中心に研究を進めています。マウスは、我々人間の耳にも聴こえる可聴域で声を出すこともありますが、マウス同士のコミュニケーションでは超音波を用いています。この超音波発声(USV, ultrasonic vocalizations)は主に仔マウスが母親に対して発するものと、オスがメスに対して発する求愛の発声が知られています。近年では、オス同士、メス同士の発声の解析も進んでいますが、その意義については不明です(2017年3月現在)。
仔から母へのUSVは、仔が母から離れたり体温低下が起きると発せられ、その音声に母マウスが引き寄せられることから、仔が母を呼ぶ声であろうと考えられています。オスからメスへの求愛発声は、1970年前後から知られていましたが、2005年に鳥類の歌と類似した構造が認められたことから、以降、求愛歌とも呼ばれています。鳥類の歌は生物言語学的なモデルとして長く知られていることから、マウスのUSVも言語モデルとして注目をされるようになってきました。これに伴い、仔マウスのUSVでも生物言語学的な解析がなされるようになっています。
さらに、マウスは遺伝子改変などの分子生物学的手法が用いやすく、さまざまな病態モデルとしても用いらており、近年ではマウスUSVを言語やコミュニケーションの指標として、自閉症スペクトラム障害関連の遺伝子改変モデルマウスで解析する研究グループも増えています。
私どもの研究グループでは、オス-メス間で発声されるUSVに関して、発声回数と声の複雑さが連動すること(発声回数が多い 個体/とき ほど声が複雑になる)を見出しています。さらに発声回数が多い個体ほどメスへのアプローチが早いということと合わせて、この発声は性的動機付けの表出であると考えています。
これまで、USVを研究する以前は、動きとしての行動のみを観察してきた菅野ですが、「声を聞く」ことで、動きのみ・目に見えるもののみからでは感じられなかった感情情報を抽出できそうな気がしています。オスがUSVを発する時に重要と思われる脳部位も幾つか特定しており、今後はこのUSVと神経伝達物質やホルモン、神経回路、それらに関わる遺伝子の解析を進めていきたいと考えています。
また、このUSVに個体の感情が含まれているとすれば、それを受け取った個体、例えばメスは、何をどのように感じているのでしょうか。コミュニケーション、もしくは社会行動の研究というものは、1個体ではなく、相手となる個体がいる場合の、関係性を研究するべきものです。この声を介して関係性がどのように変化していくのか、そのダイナミクスも解析していきたいと考えています(どうすればいいかわからないけど)。
さらに、オスのUSV1つをとっても、その声の特徴には様々な個体差があり、観ていてとても個性を感じます。しかも、私が使っているマウスは遺伝的に均質な、近郊系と言われる種類です。個体間にゲノムの差がないにもかかわらず、どうしてこのような個体差が生まれるのか?
個性に関わる研究も進めていきたいと考えています。
詳しくは、フリーダウンロードの日本語総説がありますので、そちらをご覧ください。
また、実験技術やデータシェアに関するリソース公開も始めました。
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